アビシュカール

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ネパール語で「発見」

寄付文化

寄付文化を日本にも定着を、ということはよく言われていて
ファンドレイジングという言葉も珍しくなくなったし、それを目指す団体もできた。

日本にも昔から篤志家がいて、村のために何かを建設したとかいう話はあちこちある。
今だって、半ば全戸強制的な赤い羽根募金や
胡散臭いテレビのショー的募金集めも行われている。
ホントに寄付する気なら
テレビなんかのショーを制作するお金を全部寄付する方がずっといいわけで
あれは闇のお金を処理する手段だとか
嘘か誠かの話を読んだことがあるけど、胡散臭さはずっと感じている。

要は日本では大口の寄付、お金持ちの寄付が欧米に比較して少ないということだ。
小口寄付を苦労して集めるより、大口寄付を集める方が効率がいいけどそれが難しい。
数でみると富裕層はニートの倍以上、存在する

ニートのためのNPOに、もっと富裕層は寄付すればいいとなると話はわかりやすい。
富裕層向けポータルサイト 「ゆかしメディア」というのもある。
こういった富裕層をターゲットにした、寄付行為啓発は確かに必要かもしれない。


個人的には、欧米のような寄付文化は日本には根付かないような気がする。
日本で育つ寄付行為は、きっとこれらとは違う形ではと思う。

小さい頃から、ファンドレンジングという行為に慣れ親しむアメリカ
あちこちで頻繁に行われるファンドレイジングのパーティーやショー
自分でできる範囲の金額を支払う。
私も決して豊かでない学生だったけど
それを惜しいと思わず支払える場面設定はなんだったんだろうと思う。
周りがするからでもなくて、単にそうすることが楽しかっただけかも。
そういう気持ちにさせる演出が上手かったのかもしれない。

アジアでも、大陸的になると見返りを求めず提供する行為、喜捨みたいな感覚。
差別の強いヒンズー世界でも、富は水のごとくない所に流れるという感覚があって
自分より貧しい者には、たとえ豊かでなくとも日常的に喜捨する。
宗教的、移民国家という社会的背景が異なる。

NPO法人を設立しようとして
会費は寄付的意味合いが強いわけなのに
会費に対してどんなサービスを提供したらいいのかと、異常に気にする人がいる。
それは民間企業なら当たり前の感覚で、むしろ大切なことで
逆に悪用したり、補助金慣れしてる場合よりいいかもしれない。
でも、団体の事業を通じて
個人ではなく、社会に貢献をするという意識がまだ足りないともいえる。

日本人は経済活動に慣れすぎて、『ただより恐いものはない』感覚が強いのか。
寄付の見返りに提供されるサービス
それは税の控除であったり、精神的な充足感(NPOであったら事業成果を見て)になる。
その点を明確に提示されないと、寄付行為にまで及べない。
寄付したいと思わせる活動・組織がしっかりした団体(除政治・宗教)がもっと増えればいい。

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by roman-tan | 2009-02-28 15:41 | NPO法人