アビシュカール

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ネパール語で「発見」

タウンミーティングとは

タウンミーティングについて書くのは約1年ぶりの2度目
タウンミーティングという言葉を世に知らしめた
継続していたやらせタウンミーティングの訴訟、見過ごしていた。
タウンミーティング訴訟、原告側の訴え一部認める 大阪高裁
 京都市で平成17年に開かれた政府主催のタウンミーティング(TM)の抽選で、意図的に落選させられ精神的苦痛を受けたとして、大学職員の女性(55)ら4人が、国と市に慰謝料計800万円を求めた訴訟の控訴審判決が17日、大阪高裁であった。成田喜達裁判長(亀田廣美裁判長代読)は、原告の請求を棄却した1審京都地裁判決を変更、国と市に3人へ各5万円を支払うよう命じた。
 成田裁判長は1審と同様、内閣府が、会場内で抗議活動などのトラブルを起こす可能性があるという京都市教委からの情報を基に、意図的に原告らを落選させたと認定。「公正な抽選が行われるという期待を裏切っており、公務員の廉潔性に対する信頼を害した」と指摘した。
 さらに、公正な抽選を装った落選通知で精神的苦痛を与えたとして、無作為で落選した1人を除く3人への賠償を命じた。TMで意見を述べる権利とプライバシーの侵害に対する請求は1審と同様に退けた。
 1審が「落選させた目的自体は正当」とした点は、「会場の混乱を招く危険が認められるときは、特定の応募者の参加制限が主催者の裁量で許されることもある」との判断を示した。
 内閣府は「国の主張が認められなかったと認識している」。京都市教委は「判決文を精査し、対応を検討したい」としている。

会議の鉄則を守るがためのやらせだったんだろう。
  会議の常套は、一番先に発言した人に引っ張られる。
  声の大きい人の発言にも引っ張られる。

色々な意見交換の場を設定するには、それなりのシナリオは必要になる。
その人為的行為が過ぎればやらせになる。
もともとタウンミーティングなんてものが存在していない日本で
そんなシステムがうまく機能するのか、明確な定義もよくわからないけれど
大雑把に、自由な意見交換の場であるコトには誰もが納得するのだろう。

声の大きい人や、数にものいわせるのではなく
立場や肩書き抜きに、個々の貴重な意見を聞きたいと思うけれど
公平に、中立に何かをするのは意外と難しい。
世の中、口や宣伝が旨かったり(それも能力だけど)する方が得をする。
地味で控えめなものは、なかなか評価を受けにくい。
そういったグループも、平等に意見交換に参加できる場があればいい。

市民が意見を言えるパブリックコメント制度というものがあるけれど
かなり出来上がった段階で、最後の調整という感じだ。
特に身近なことについては
早い段階でインフォーマルに意見を自由に言える場があればいいと思う。

市民活動がらみは、思いが強すぎて真実が見えてないんじゃないのと思う時がある。
淡々と処理しなくてはいけないことは、それなりに対応しないといけない。
「市民活動≠善≠支援すべき」
冷静で客観的な評価も必要ということになる。
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by roman-tan | 2009-11-24 19:43 | NPO法人