アビシュカール

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ネパール語で「発見」

文は人なり?

リアルタイムで見れなかったので、ちょっと興ざめではあるけれど
楽しみにしていたので見た。

上杉隆氏×池田信夫氏「検察リークと記者クラブ報道にマジレス」
内容は期待ほどでもなかったわけだけど
池田信夫氏の話すところを初めて見ることができた。
ブログなどで知性ある方だと思っていたので面白いやり取りを期待した。
でも、実際の話しぶりが想像していたものと全く違っていて・・・
やりとりにはほとんど知性を感じられず
マイナスの印象が強く残ってしまった。
なぜだろう。
勝手にそう思っていただけの話といえばそれまで。

そこで、「文は人なりか?」
「文は人なり」とはフランスの博物学者ビュフォンの言葉で
文章は、書き手の考えや性格を表す。文章を見れば、書き手の人となりがわかる。
考えてみると、文と人の印象がとても違うということは実際よくある。
ギャップに好感が持てる場合もあるし、そうでない場合もある。
多くの場合は「文章」に好感をもって、お会いしてさらに好感を持つ場合が多い。
理屈っぽい文章を書く人が、実は無口であったというギャップも面白かったり
ロマンチックな文章を書く人がとてもガサツであったり
恐そうな人からとても優しい手紙をもらったりする意外性も楽しい。
私はその人のしゃべりより文章を重視しているかもしれない。
多くの場合外れがないからだけど
まれにあった見当違いがこのビデオだった。

話すことが上手な人、筋道きっちりわかりやすく話せる人
日常生活の中で「すごいなあ」と感心した人はそんなにいない。
フンフンと聞きほれてしまったあの人、英語でも全く同じように話していた。
いったい何処で今は何をなされるやと思う。

日本語っていうのは話が反れやすいと思うことがある。
述語が最後に来るせいか
最初の展開を忘れてしまい
文章最後に引きずられて別の話題にどんどんすり替わっていく。
それが面白いこともあるけど、なんだか混乱することも多い。
「話すべきことが知りきれトンボだよ」と思う時がよくある。

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寒くて、菜の花が咲くに咲けないでいる。
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by roman-tan | 2010-02-17 20:54 | 映画とか・・