アビシュカール

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ネパール語で「発見」

戦場化した日常

                冬のような寒さの中、スズランが咲いていた。
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米バージニア工科大学の乱射事件と長崎市長銃撃事件、痛ましい事件が続く。
銃が悪いというより、銃を使う人間の問題なんだ。
両者とも思想的背景があるわけでもなく、私怨ともいえる動機
まるで、日常が戦場化してしまったようだ。

そう、戦争は何でもありなんだと思う。
戦争の中でおこったさまざまな事実は明確にすべきだけど
それに対して正義だ道徳なんぞを見出したり追求するのは、無意味に過ぎない。
とにかく何をしても勝たなければ、戦争をする意味はない。
それが戦争なんだと思う。

広島の原爆に関する新聞記事を、年代ごとに追ったことがあった。
アメリカの有力紙の記事をマイクロフィルムで探した。
原爆投下直後、5年後、10年後・・・・・
被爆国民として原爆は人類の過ちだと思っていたし
原爆投下に対して、アメリカ人もなんらかの反省があるのかと感じていた。
でもそんな甘い考えは、戦争には通用しないことがわかった。

戦勝国と敗戦国、原爆は正当化され続けていた。
冷戦下で、自分たちも被爆者になるかもしれないという恐怖心が起こるまでは・・・
核保有国が増えてそこで初めて、記事も反核へと向かっていく。

原爆に対する新聞報道の時代的変化から、その冷静な文章から
戦争の「冷酷さ」「無法」「非人間性」を、背筋が寒くなるほどに感じた。
その作業をアメリカでしたせいかもしれないが
日本はただの敗戦国、従属国にすぎなかった。
戦争を知らない私は、文章で戦争の馬鹿馬鹿しさをつくづく思った。


こんな戦場化した日常が、ありふれたものにならないように・・・
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by roman-tan | 2007-04-18 18:28 | 発見