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アビシュカール

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ネパール語で「発見」

支援の難しさ

日本人の子供たちが空き缶を集めてネパールに学校を建てました、というのが
美談としてもてはやされたことがあった。
この話を聞いたネパール人の友人は、とても悲しんで言った。
「私たちの国は、日本の子供たちにそんなことをしてもらうほど落ちぶれているのか」と。

善意が、必ずしも相手にとって良いこととであるとは限らない典型みたいな話だ。
空き缶で学校を建てる話は、ネパールでは評判が悪かった。
景色や交通の便のいい所に建物を建ててみたり(日本から視察にいくのにいいから)
学校に自分の名前をつけて喜んでみたり
建物を立てたはいいけれど、維持ができなくて廃墟と化しているのがけっこうあるからだ。
運営・維持まで考えて建てていない。
完全に自己満足の世界で完結してしまった事例

そんな話を例えに、ネパール人によくお説教された。
「そんなのいらん」と。
「支援する」、「助ける」、「援助」ということがいかに難しいことか。

東南アジアも含めて、発展途上国に人身売買(Trafficking)はつきものだ。(ネパールの事例
特に女の子は、身内にだまされて売られていくケースも多い。
そういう場面を目の当たりにして、心を痛めない人はいない。
さて、何をするか、できるのか、そして何がいいのか・・・

今日は、そんなことを改めて深く考えさせられる話を聞いてしまった。
東南アジアの日本語学校と人身売買のコンビネーションの話
う~ん、むずかしいと、考え込んでしまった。
ただ、タイとかフィリピンて、冷蔵庫がほしいから女の子を売るということ
意外と平気で、たまげてしまうことがある。

私たちの想像力を遥かに超えた道徳観と文化・生活
こういう現実を、私たちの価値観や道徳観で、どうはかっていいものか
そこから考え始めるとなると
答えにたどり着くまでの道のりはとても長くて
結論を出すにはもう少し時間が必要だ。

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by roman-tan | 2007-11-01 20:20 | NPO法人

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