アビシュカール

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ネパール語で「発見」

チベットの独立

チベットの話題に毎日事欠かない。
文化的価値は充分評価するとして
地理的に平均高度4000m以上という孤立化したチベットが
経済的に独立できるのだろうか、という点にとても興味がある。

ダライ・ラマは封建的な農奴制の霊的・現世的首長として
1951年まで確実に農奴制を敷き、それを中国が解放したといわれる。
でも、これは中国よりな見方で、日本の大東亜共栄圏の理由付けによく似てる。
90年以後、チベット自治区の財政収支は90%以上が中央政府からの割当金。
その後の大規模化する投資は、拝金主義と格差を生み出したそうだ。
しかし、昨今は経済は急速に発展しているといわれる。
2006年の経済成長は13.2%以上。中国全体では 10.5 パーセント
2007年の青蔵鉄道(西寧とラサとを結ぶ1,956 km)によって
経済活動も大きく進化したともいわれるが
恩恵を預かるのは漢民族ばかりで、その鬱積が暴動の起爆剤だったのか。
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山にいるチベット人はボテと呼ばれ、ネパール人からは下に見られていた。
彼らも名前からチベット人だとわかるのに、あえてネパール人になりたがる。
カトマンズには、裕福なチベット人が意外といた。
もともと難民だけど、コツコツお金を溜めてチベットに送金しながら事業でも成功
子供には立派な教育をつけていた。
しかし、子供たちからはチベットの文化・伝統が匂わない。

ネパールとチベット、ネパールと中国は陸続きでありどちらとも関係が深い。
中国人よりもチベット人が身近だけれど
昔は安価で粗悪な中国製品でカトマンズは成り立っていた。
ネパールに援助と称してせっせと道路を作る中国を見て
「今に中国から戦車がやってくる!」とネパール人も揶揄していた。
 中国ーネパール交易は、80年代半ばより大幅に増加してきた。手芸品や香料を除けば、ネパールのチベットへの輸出品は、ほとんどが米、野菜、果物や乳製品といった、チベット自治区の市場で安く売られる食料品である。主要な輸出品は植物性のギー(水分を蒸発させて脂肪分を固めたもの)であり、これは脂っこい、バターのような塊で、多くの「バターランプ」(チベットの僧院で典型的に見られる)の燃料となる伝統的なヤクバターの代替品として今日使われている。逆に、中国からネパール-チベット国境を通じて輸出されるのは、プラスチックや繊維製品のような単純工業製品がほとんどである。中国サイドもネパールサイドも、2007年に北京とラサを結ぶ予定の Qinghai-チベット鉄道の完成が、相互の経済的関係を促進するだろうと予想する。同鉄道のネパール国境への伸長は、2007年以降に着手される。
 地理的状況や、国内における整備された道路不足のため、Humla、Dolpa、上部ムスタンのようなネパールの辺鄙な地方は、国の中心部からと比べむしろチベットからのアクセスの方がよい。そのため基本的なネパールの食料供給を国境の中国サイドからの「再輸入」で賄っている状況だ。中国およびチベットのビジネスマンや運輸会社がこの交易に占める割合は不明である。中国は長年にわたりネパールに対して道路建設のための援助を行ってきたが、いくつかの有名なプロジェクトを除けば、このような一連の援助によって作られた道路は、ネパール国内の交通網整備というより、越境交通のために役立っているといえよう。
ネパール-チベット国境における不均衡とアンバランス
ネパールを通して知ったチベットのことが気になる。
戒律の厳しい点で、チベット僧院はカトリック修道院に似ているという印象
私にとっては、目の鋭い頑強なチベット人
ビラを播いたとか、デモしたとか、その程度で民衆に銃を放つのは
発展途上国ではありがちなことだけど
どう見たって、中国の弱いものいじめにしか見えないのに・・・・

青蔵鉄道に乗ってラサに行きた~いっと思っていたけど、当分おあずけ



参考:
チベット人は民族自決の権利を有する
-自由アジア放送チベット部主任ンガポ・ジグメ氏単独インタビュー-


チベットの未来
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by roman-tan | 2008-03-20 22:00 | Nepal