アビシュカール

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ネパール語で「発見」

寄付

人はどんな時に寄付をしようと思うのか。

日本は寄付社会でないから、NPOも寄付を集めにくいといわれる。
でも、日本でも集めようによって寄付を集めるのはそれほど難しくない。
○○募金とか、最近ではネットでも何かの支援のためにという呼びかけで
何百万円も集めることができるらしい。

何かの活動があって、それに共感して気持ちは参加したいけど
現実的にはそれが困難だから、せめて活動資金にという寄付心。
自分の気持ちをお金に買えて託す。
善意はお金では計れない筈だけど、形にしないと見えない。


世の中の不平等なお金の配分を、寄付で少しでも是正できるか。
ビル・ゲイツのようになれば、慈善事業はそれでひとつの経済活動ともいえる。
でも、小市民の寄付は、やっぱり自己の善意を自覚するためみたいな面もある。
団体が寄付して立てた建物に、必ず名前を刻みたがる。

認定NPO法人への寄付は、寄付控除が受けれるので寄付がしやすくなっている。
ハードルは低くなっているとはいえ、まだ認定NPO法人になるには簡単ではない。

寄付がNPOの専門性を高めて、さらなる成果品がある場合は理解できるけど
ただお金を集めて物に変えていく活動というのは、とても違和感がある。
災害時の緊急支援なら当然な行為だけど
海外協力団体にはこのパターン
お金をとにかく集めて物を・・・という発想がとても多い。
話を伺っていると、善意の塊のような人だけに否定しにくくなる。
与えるだけの行為は、結局奪ってしまうものが多いとも思う。

今日は、「寄付」といものを改めてまた考えさせられた。
この種の話は、どうしても感情論が途中で入ってくるため
話が分散して終わってしまうような気がする。
結局、やりたい人がやりたいようやるしかない。


アフガニスタンでの殺害されたNGOの日本人
技術移転をするには滞在型になり、当然リスクも高くなる。
そういう覚悟も当然あっただろうと思う。
生活そのものが仕事だから、殉職されたことになる。
残念な事件だった。
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by roman-tan | 2008-08-27 21:03 | NPO法人