アビシュカール

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ネパール語で「発見」

カテゴリ:公共交通( 99 )

ヒアリング(No.2)

夢にまで、バスについてのヒアリングが出てきた。
毎日やっていれば仕方がないか。

「あんたたち、何やってるの?」と社会福祉施設の利用者に聞かれた。
私も、何やってんだろうって、思うけど・・・
ヒアリングした施設を通るように路線を変えたにも拘らず
これまで、バスを喜んで利用しているという方にはお目にかかれていない。
「ああ、バス利用しないから・・・」とそそくさに行ってしまう人もいる。
「このバスに限っては、税金が・・・」という前に。

それにしても、すごいカラオケ施設に大浴場
市内には、このような高齢者のための施設がいくつもある。
昔のヘルスセンターみたいだ。
高齢化社会に備えての施設だろうか。
カラオケの嫌いな私には、よくわからない・・・

バスの実情を知るにつれ
目的別移動手段を工夫した方がいいような気がしてくる。
子どもの安全のための通学・通勤バス
お買い物バス
医療施設行きバス・・・・など
その方が無駄がない。
全ての目的を網羅できる大都市のような公共性あるバス
この街では難しい。

公共交通を利用したゆとりある暮らし
確かにそれは望ましい。
公共交通に対する意識を変えることも必要だ。
でもそれには、交通以外のさまざまなライフスタイルの見直しをしなくてはいけない。
目の前にある現実社会の中で
実際に何をどうするの?
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by roman-tan | 2006-07-02 12:38 | 公共交通

アンケートの盲点

毎週一回、ダウン症の6年生がわが家にやってくる。
7年目になるが、言葉によるコミュニケーションほとんど取れない。
でも、私たちは仲良しだし、何となく意思の疎通はできる。

知的障害者は、普通に生活できることを目標に訓練する。
当たり前の日常生活が、一人でできるようにと親は心から願う。
「バスで目的地に行くことができる」
「買い物ができる」
「身の周りのことができる」など・・・

それらを身につけるために、とても長い時間と周りの努力が必要だ。
そして、一旦習慣が身につくと
それを繰り返すことで、本人は安心と充実感、自信を得ていく。
だから習慣を急に変えることは、とんでもない大ごとになる。

社会実験の新しいバス路線
授産所に通う人がバスを使えなくなった、という話を昨日のヒアリングで聞いた。
「自分で通う」ということ
「バスを使う」ということを
いちばん大切に思っていた人かもしれない。
2回行われたアンケート、受ける機会はあっただろうか。

代替案が持てる人はまだいい。
他の選択がない、バスを本当に必要としている人の声、アンケートでは盲点だった。
その盲点を補うためのヒアリングといえる。
色々な手段を組み合わせていかないと、なかなかホントはわからない。
しかし、正しい情報がそろったところで、また判断にも苦しむ。

公共交通に分類されたバス
公共性と福祉的要素
どちらを優先するのだろうか。
重なる部分は確かにあるけれど、重ならない部分もある。
臨機応変に連携して、対応できないものだろうか。
縦割り行政で取り組むには、もう限界だと感じる。
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by roman-tan | 2006-06-30 15:50 | 公共交通

ヒアリング

コミュニティバスについてのヒアリング調査が始まった。
医療機関の待合室でおこなう。
待合室はいつもより空いていたので
余裕を持ってお話を伺うことができた。
人生の後半を静かに過ごす方々とのお話は、ゆったりと限りがない。

タクシーでやってくる人
家族の送り迎え
福祉送迎バス
自転車
徒歩・・・

必要に迫られ、それぞれが手段を見つけて病院にやってくる。
公共交通がなくとも、それに替わる何らかの手段はあるのだ。
ヒアリングをしていて、公共の移動手段がそれほど必要なのか疑問になる。
多額の税金を投入するバスは、ガラガラに空いている。

発展途上国で、人で溢れんばかりのバスを見ると
バスの公共性、有益性はきわめて高く
まるで街を行き交う生き物のようでもある。
貧しければ貧しいほど、バスは混む。

一戸当たりの自家用車所有数が2台以上の街で
公共交通の将来を考えることは
豊かな想像力と忍耐力がないと、かなり難しい。


一人暮らしの自転車愛用のおじいさんが最後にひと言
  「羽があればねえ・・・」
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by roman-tan | 2006-06-29 19:53 | 公共交通

社会実験の評価

コミュニティバス社会実験の質的評価がはじまる。
NPOが、「市民視点の質的評価をおこなう」
文字にすると、すごいことになる。
実際はアンケート、ヒアリング、ワークショップなどが主な作業となる。

評価は、量的・質的の両面から行う必要がある。
ただ、最終評価にそれぞれがどのような割合で取入れられるかは
今もって、きっと最後まで曖昧なままだろう。
評価の基準というものは、最初に明確にすべきだと思うが
社会実験と呼ばれるもの、どうなっているのかよくわからない。
結局は、絶対数値〈例えば利用者数)が優位に立つのだろうか。

そんな傾向に対し、さまざまな結果分析にどれだけ客観性を持たせられるのか
地域の勢い形成を、どれだけ上手に仕向けることができるのか
こんなことで、太刀打ちしていくしかないだろうか。


色々な場面で、正しいEvaluation〈評価)はとても大切なのに
その方法や基準が曖昧なこと、とても多いような気がする。
もちろん個人的なことは、選択の自由であり、他人が評価することではない。
しかし、公共性の高いことに対しては
もっとオープンに、誰もが納得でき、参加できる評価の仕組みが必要だと思う。
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by roman-tan | 2006-06-28 20:33 | 公共交通

地域コミュニティ(No.2)

町内会を中心とした地域コミュニティは
シニアの、半ばボランティア活動により成り立つ。
相互扶助と相互監視
戦時中は、別の意味でお国のためになったのだろう。
しかし、現在
地方都市では、そんな積極的な自治組織は存在しにくい。
存在維持のための、消極的な組織と化している。

地域で子育てを・・・
地域で安全を・・・
地域の活性化を・・・
「地域」という言葉がよく登場し、重宝がられるが
現実に機能できる「地域」が、どれだけあるのか疑わしい。
それよりも、対価を支払ってでも確実なものを得ようとする人も多い。

古き良き時代の地域コミュニティは、伝説に近い。
それに替わるコミュニティとして、NPOなどがあると思うのだけれど・・・

地域をその気にさせて、NPOと一緒にという事業に取り組んでいるが
先を見越して、積極的に行動できる地域のリーダーがいなくては無理な話だ。
よそ者の私に、いったい何ができるというのだろう。
同じことを、ネパールの村でも感じたことがあった。
でも、あの時と何かが違う。

そう、ここではお金があれば個人で何でもできるということ。
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by roman-tan | 2006-06-26 15:52 | 公共交通

新聞記事

新聞記者って、どうしてこう劇的なストーリー展開を好むんだろう。
現在行っている事業について、取材を受けた。
大手新聞の、県内記事として。

記者は、頭の中でストーリーを作ってきているから
歩みののろい事業展開は、いささか期待はずれだったようだ。
「住民の積極的参画」には時間が必要だということ、ご存じなかった。

以前、大新聞社の全国版に
NPO特集で私たちのNPOが取り上げられ
その事業として、私の書いたほんの一部分が写真入で載った。
補助金に対する、市民としての見解を書いたに過ぎなかったが
その補助金に関る市議長が、役所に怒鳴り込んできて大騒ぎだったらしい。

記者の取材も丁寧だったし
記事には大きな間違いはなかったが
話の流れが、おきまりのパターンのような気がした。
そんな新聞記事で市民の意見を知り、激怒する市議長も情けないけど。

新聞記事、宣伝には時々利用させてもらっている。
取材なしで書かれ、事業を批判されたこともあるし
宣伝のために、こちらから取材を頼んだこともある。
新聞は利用するものだと思ってる。
特に地方紙は、イベント情報誌だ。
でも、影響力は途方もなく大きい。

意地悪な楽しみは
どこの新聞記者が一番理解できて、いい記事にできたかを、厳しく評価すること。
今日の取材の記事は、いつだろうか。
あの記者は、いったいどれだけのことを理解してくれただろう。
楽しみだ。
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by roman-tan | 2006-06-16 20:07 | 公共交通

下請けにならないために

行政からの受託事業がはじまった。
入札で落札という形になる。
「市民視点の意見や見解を盛り込む」、「安価である」ことが
NPO法人が落札した表向きの理由とするようだ(対外的に)。

企画書を提出し、仕様書ができてきた。
かなり役所っぽいトーンになっている。
受託事業だから、お客様主義であるべきだけれど
利害関係者は全市民である。

単に市民意見を盛り込むなら、一般のコンサルでもできる。
コンサルは、一字一句、全ての表現を行政の言われるままにする。
行政の忠実な下僕となる。

これまでの受託事業は、担当者の深い理解もあって自由度が高かった。
それでも、厳しいやり取り(誰かが怒鳴り込んできたとか)はあった。
今年から担当課が変わり
どの程度こちらの意見が打ち出せるのか、少し不安だ。
NPO法人が受ける「委託事業」の難しさは
依頼者の意見、受託者の立場、市民としての立場が混在することだ。
状況に応じてどこに重きを置くのか、その選択が重要になる。

行政の下請けにならないために
役所的仕様書に書かれていない部分に
どんな工夫を凝らそうか頭を悩ませている。
みんな仲良く、強(したた)かに・・・
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by roman-tan | 2006-06-11 07:36 | 公共交通

プレゼンテーション


ある地区におけるアンケート等の協力依頼のため
区長会なるものに参加した。
行政担当課が事業概要の説明を行なった。

行政と市民の間には、まるで大河が横たわっているように感じた。
配布資料は簡潔でわかりやすかったが、
問題はプレゼンテーション

あれでは、何回説明したところで
聞いている人の心には響かない。
「知らせたい」という熱意が全く伝わってこない。
個人の問題という言うわけではなく
市民に理解してもらいたいという気持ちが
役所はやっぱり希薄だと感じる。
つまらない大学の講義に近かった。f0077807_20121277.jpg

何かを工夫して楽しく面白くとかは
不謹慎なのであろうか。

ブタだって、こんなにかわいくなれるのに・・・・
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by roman-tan | 2006-05-16 20:24 | 公共交通

路線バス

隣の市へ路線バスで行ってみた。
電車料金の3倍、所要時間は4倍、1時間に1本

路線バスの廃止に歯止めが利かない。
バスを動く公共施設と多くの自治体が位置づけているが
利用者少なければ、公共施設にはなりえない。

ぼんやり車窓を眺める旅ならいいけれど
私の街での日常生活に、バスはやっぱり使えない。

公共交通に関する事業を継続している。
特に、移動制約者のため新しいシステム
便利に慣れすぎてしまった人々が
不便の中にゆとりを見出すことは至難の業だ。

今年もまた、バスにつきあうことになる。
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by roman-tan | 2006-05-13 19:24 | 公共交通