アビシュカール

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ネパール語で「発見」

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ソーシャルビジネス

最近よく聞くソーシャルビジネス、コミュニティビジネス、CSRに
社会的企(起)業家(ソーシャル・アントレプレナー (Social Entrepreneur)
分かっているようで、何か曖昧。
横文字も多すぎ。
今日も話していて
「え、それ、違うんじゃないの?」と言ったら
「本に書いてあった」と・・・。
その本おかしいんじゃないかと思うけど
それぞれなんとな~く理解しているような気がする。
社会にいいことは、誰にとっていいことなのか

例えば、初めて看護学校を設立した現代看護の開発者だったナイチンゲール
誰もが納得できる社会起業家だ。
日本でもそうだと話題になっている人もいるけど
どうなんだろう。
自分で名乗ったもの勝ちって気がする。
世界の社会起業家200名にの中に
日本人は1人しか入らなかったという記事もあった。

経済産業省のソーシャルビジネス研究会報告書(平成20年がスタンダードだろうか。

行政がCSRだとか、ソーシャルビジネスだとか
エラソーに単語を振りまいてくるのだけれど
鶏舎のようなオフィスの中だけに住んで
上の顔色ばかり伺って育成されてきて
本当にわかっていってるの?とよく思う。
絶対感覚がズレている。
最近はそういう生き物なんだと思っているので
「ふうん~」で聞き流すことにしている。

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           ニラの花

ニラは勝手に咲いているわけだけど
餃子にはニラは欠かせないわけで
餃子の好きな人は世の中多いから
ニラはかなり人のためになっているといえるのかもしれない。
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by roman-tan | 2010-09-30 21:27 | NPO法人

お彼岸の頃はまだこんなんだった彼岸花

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今頃になって満開

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秋だなあと思わせる夕暮れ時
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by roman-tan | 2010-09-27 18:25 | 庭の植物

記憶と思い出

小学校の同窓会に参加した。
誰も選挙に出る予定はないみたいだったので
純粋に懐かしくて、誰かが企画してくれたらしい。

小学校の時の記憶ってとても曖昧で
ほとんど忘れている。
あまりに長閑だったせいかもしれない。

「記憶」と「思い出」の違いは何だろうと思った。
一番あたっていると思われる説明
「自由に引き出せるか引き出せないか」
つまり
記憶は自由には引き出せないものであり
思い出は自由に引き出せるもの。

メモリにアーカイブされていて
何かの拍子にたまにふと思い出すことができるけど
きっかけなしには自由に引き出すことはできないのが「記憶」

「記憶」をさらに感情的解説が加わって自分用に編集され
自由に引き出すことができるのが「思い出」


同い年の筈なのに
年の取り方の違いはどこから来るのか。
もちろん健康など物理的な理由は当然なるに違いないけど
言われるように、「人間が記憶の集合体」とするならば
記憶を形成する経験が
人間の鍵となるといえるのかもしれない。
どんな人に出会ったの
どんなことを考えて何をしたのか
何を学んだのか。


ちょっと不思議な気分。

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by roman-tan | 2010-09-20 17:54 | 発見

神葬祭

初めて神道による葬儀、神葬祭に参列した。
本来は日本独自のものであろうが
まずお線香がない、お雛さまに出てくる装束の方々が登場
笛や笙(しょう)の演奏、お辞儀のしかたとか・・・・
どれこれもが目新しくて興味深かった。
こんな感じの葬儀。

全く知識がないので調べてみたら
日本固有の葬儀は、仏教伝来以降、急速に仏式のものが普及した。さらに江戸時代になると、キリシタン対策のための寺請制度(てらうけせいど=人々は必ずどこかの寺に所属しなければならないという制度)により仏式の葬儀が強制された。だが江戸時代の中後期になると、国学の興隆によって国学者たちが日本古来の精神・文化に立ち返ろうと訴える中で、神葬祭の研究も行なわれるようになり、日本古来の信仰に基づいた葬儀を求める運動(神葬祭運動)がおこった[1]。その結果、幕府は限定的に神葬祭を行なうことを許可した。
明治時代になると、政府の神祇政策の一環として神葬祭が奨励された[2]。例えば、神葬祭専用墓地として青山霊園が設立された。1873年7月18日には火葬が仏教の習俗であるとして禁止された(1875年5月23日解禁)。地域によっては神仏分離や廃仏毀釈に伴い、地域ごと神葬祭に変更したところもある。明治憲法では信教の自由が制限付ではあるが保障されていたため、強制されることは無かった。しかし、葬儀は宗教行為とされる一方、公務員に相当する神職(神社神道は宗教でないとされていた)は宗教活動である神葬祭を行なうことを禁止され(例外的に府県社以下神社の神職は当分認められた)、宗教活動の出来た教派神道を除いて、神葬祭の普及は停滞した。戦後、神道が宗教としての立場を取り戻し、葬儀に関わることができるようになった。(Wikipediaより)
唱えるように渡された呪文のような文章が
今もって判読不明だけど
ネパールの山奥の祖霊祭に似ているなあと思った。
神官が祭祀を執り行い
「死」を「穢れ」として扱う点など。
バリバリ現役のシャーマンもいた。
八百万の神を祀る神道も祖霊信仰が入っている。

宗教そのものが生活という人もいるけれど
私には葬儀というのは宗教というより生活慣例であり
そこに宗教観とか見出すのは難しい。
でも、遥か遠い昔の生活はそのものが宗教の中にあったはずで
それに思いを馳せる非日常的な時間
葬儀というのは貴重な時間だと思う。

珍しい神葬祭体験だったけど
その前に食した「お櫃鰻茶漬け」がまた美味しかった。
私には絶対に食べれない量のはずなんだけど
食べてしまった、葬儀の前にもかかわらず。

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ちょっと、味が私には濃かったかもだけど。
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by roman-tan | 2010-09-15 21:09 | 発見

平成22年度版防衛白書

とても全部は読めてないけれど
面白そうな話が多く書かれている『平成22年度版防衛白書』
(これがなかなか見にくいのだけれど)
この閣議了承が7月30日に予定されていたのが9月に延期されたそうだ。

領土問題はそれこそよくわからないし
自衛隊が違憲かどうかの難しい話も
それほど真剣に考えたこともないし
駅前にある自衛隊のポスターを不快に思っていたくらいだ。
でも、世界の軍事力のデータとか
日本の空・海領域を侵犯される回数のグラフとか見ると(ネット上で見つからない)
とても不安な気分になってくる。
戦争なんてバカバカしくて無意味なことに決まっている。
だけど世の中にはそんな日本の常識が通用しない
トンデモナイことを考えて行動する人たちもいるわけで
そういう状況になった時に
果たして日本は日本を自分で守れるのか。
事業仕訳で防衛力の予算がカットされているというし
自衛隊もアメリカに比較すると高齢化らしい。


あまり考えてみたこともないテーマ
首相選びに躍起になっているアホらしい国会議員を見てたら
他にやることあるんじゃないとと思った。



参考:
苦しいのは分かる、でも防衛費を増額せよ
アウトソーシングで防衛費削減を乗り切れ
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by roman-tan | 2010-09-13 18:23 | 発見

点字ブロック

最近自転車によく乗るから、気になって仕方がない。

点字ブロックは本当に世の中に必要なのか、疑問に思う。
もちろん盲学校内だったら、点字ブロックはとても有効なものだと思うが
一般道路上(歩道)に必要なのだろうか。
あの点字ブロックは
車いすや歩行器を押す高齢者
杖をついて歩く方、ベビーカー
ショッピングセンターのカートにとってとても邪魔になるものだ。
引っかかってしまったり
高齢者が転んで骨折したという話も聞いた。

点字ブロックは視覚障害の方にためのものであるけれど
車、自転車、人で混雑する中を
全盲の方1人で外出させるのはたいへん危険である。
むしろ必ず介助人がつくべきだと思う。
便利だと思う視覚障害者数よりも
迷惑を被っている・・・
というよりは危険を感じている人数の方が多いのではないかと思う。

点字プロックは2001年にJIS規格までできたそうだ。
財団法人安全交通試験研究センターの商標でもあるという。
天下りの受け皿じゃないのと思ったり。

点字ブロックはどんどん繁殖している。


点字ブロックに見る顧客満足
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by roman-tan | 2010-09-07 22:22 | 公共交通

H22県の事業仕分け

今年も昨日から県の事業仕分けが始まった。
知事が新しくなって昨年始めての事業仕分けが行われた。
事業仕分け後、実際にはどうなったかというと
事業仕分け事業実施予算案
改善と判定されたものは確かに予算減少しているし
不要は「0」になっている、ということは
この事業仕分け結果は現実に反映されているらしい。

時代の流れからみたら、事業仕分けは当然の結果だと思う。
全てをそれで決定というには無理もあろうけど。

市民活動センター関係
3つある県のセンターのうち、ひとつはすでに予算を半減縮小された。
縮小後の施設には後日中間評価を受ける。
少なくとも、直接利用者は最初から否定的評価
「縮小された=利便性が悪くなった」という身勝手な公式


あと2つの指定管理者によるセンターは縮小検討中
それに対しての直接利害者の反対運動
不思議なのは
外部評価委員会の評価はいつも悪くない結果が出ていた。
利用者には満足度大だってことだろうか。
でもこれは第三者による外部評価。
だいたい第三者によるこの外部評価そのものが
意味がない無駄モノだと思った。
本来はここで毎回客観的で正しい評価をし、改善していくべきだった。
県内の公の施設で起きたいくつか事故をみても
指定管理者制度を導入したものの
その運用がまだうまくいってないような気がする。

また、事業仕分けの結果遂行が
「県」対「直接利害者」となるのもおかしな話。
本来は議員・議会がチェックすべきなのにできないから
NPOに頼んで県民が参加してやったわけで
「県民の事業仕分け」という位置づけではないだろうか。

市民活動センターにまつわる迷言・珍言を聞いているとため息がでてくる。
県の担当も
やるべきこと、説明すべきこときちんとしてこなかったから
関係者が怒るのは当然だと思うし
指定管理者もいい加減で勝手なことばかりするから
県が不信感を募らせるんだとも思う。


それぞれの欲望が絡み合って
なかなか面白い人間模様が繰り広げられる。



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           ナタマメ
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by roman-tan | 2010-09-05 10:13 | 指定管理者制度